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長崎地方裁判所 昭和39年(行ク)2号 決定 1964年6月29日

申立人(原告) 有限会社福地屋商店 外二名

被申立人(被告) 長崎県知事

主文

一、被申立人の

申立人福地正登に対する昭和三九年四月三日付三九都第一五一号による別紙目録第二の建物の移転通知に基づく執行、及び

申立人有限会社福地屋商店に対する同年四月一五日付長崎県通達第七五号による別紙目録第三の建物の移転命令に基づく執行中、同建物中別紙図面赤斜線部分に対する部分は、

いずれも本案判決確定に至るまで、これを停止する。

二、申立人福地新一の申立並びに申立人有限会社福地屋商店のその余の申立をいずれも棄却する。

理由

申立人ら訴訟代理人は「被申立人が、昭和三九年四月三日付都第一五一号をもつて、申立人福地新一に対し別紙目録第一の建物(以下第一建物と称する)を、申立人福地正登に対し別紙目録第二の建物(以下第二建物と称する)をいずれも同年七月四日までに、並びに同年四月一五日付長崎県通達第七五号をもつて申立人有限会社福地屋商店に対し別紙目録第三の建物(以下第三建物と称する)を同年五月三〇日までに、それぞれ移転せよとの各命令は本案判決確定に至るまでその執行を停止する。」との決定を求める旨申立て、その理由の要旨次のとおりである。

一、申立人福地新一は、福江市字北町六八〇番地の二宅地二四四坪四合、同市同町六八〇番の三宅地一七七坪を所有し、申立人有限会社福地屋商店(以下福地屋と称する)は右宅地合計四二一坪四合を右福地新一から使用貸借として借受け、同宅地上に店舖を所有していた。昭和三七年九月二六日福江市大火災により、被申立人は福江市都市計画火災復興土地区画整理事業に着手し、昭和三八年一月三〇日申立人福地新一所有の右宅地に対し一八街区二一画地三五五坪の仮換地指定処分をした。

二、ところで右指定処分前の昭和三七年一〇月頃申立人福地屋は、同福地新一から借用中の右宅地(従前の土地)上に被申立人の許可を得て第一建物を建築して営業を再開し、更に同年一一月の始頃申立人福地正登の名義で被申立人の許可を得て右第一建物の南側に第二建物を、同年一一月末頃無許可で右第一建物の西側(東側の誤り)に接続して木造スレート瓦葺平家建建坪二〇坪を、昭和三八年七月頃無許可で右第一建物の西側に接続して木造トタン葺平家建建坪一〇、五坪を、右第一建物の南側に接続して木造瓦葺平家建建坪一六坪及び木造トタン葺平家建建坪四坪を、それぞれ建築した。

三、被申立人は、昭和三九年四月三日土地区画整理法第七七条二項の規定に基づき都第一五一号をもつて、申立人福地新一に対して第一建物を、同福地正登に対して第二建物をいずれも同年七月四日までに移転すべきこと、右期日までに移転しないときは被申立人において移転を施行する旨を通知し、更に同年四月一五日右同法第七六条四項の規定に基づき長崎県通達第七五号をもつて、申立人福地屋に対して第三建物を同年五月三〇日までに移転すべき旨を命じた。

四、右第二建物に対する移転通知、第三建物に対する移転命令には、別紙目録のとおりあたかも一箇独立の建物のように建物表示がなされているが、右各建物は、前記のとおり第一建物を主体とし、これに接続して第二、第三建物と順次付加建築され社会観念上一箇の建物と認められるものである。従つて前記被申立人の申立人らに対する各移転命令における建物表示のみにては、右一箇の建物のどの部分の移転を申立人らに命じたものか特定できないのであつて、結局右命令は執行に由なく無効というべきである。

五、また右のように本件建物は一箇であるから、所有権も一箇である。しかるに、被申立人が右一箇の建物所有権者が何者であるかを究明することなく、漫然右建物を三分し、それらの所有権者として申立人ら三名にそれぞれ建物移転の命令をしたのは、相手方を誤つた違法があるから、右命令は無効である。

六、以上のとおり被申立人の各移転通知ないし移転命令は無効であるから、昭和三九年五月二〇日右命令等の無効確認を求めて本訴提起に及んだが、移転すべき期限後においては強制的に本件建物を除却される虞れがあり、かくては福地屋は営業を停止せざるを得ず、受ける財産上の損害は甚大で、且つ、その余の申立人等はもとより会社従業員の生活にも困る結果となり回復できない損害を受ける危険がある。よつて申立人らは前記申立の趣旨のような執行の停止を求めるため本申立に及んだと述べた。

これに対する被申立人の意見は、要旨次のとおりである。

一、申立人福地新一、同福地正登は、昭和三七年一〇月被申立人から仮設建物建築の許可を受け、同年同月右福地新一において第一建物、福地正登において第二建物をそれぞれ建築所有するところであるが、昭和三八年一月三〇日被申立人は福江都市計画火災復興土地区画整理事業の施行に基づき、申立人福地新一所有の従前の土地たる福江市字北町六八〇番地の二、同番の三宅地四二一坪四合(別紙図面中赤線をもつて囲む部分)に対し三三五坪(別紙図面中青線をもつて囲む部分)の減歩仮換地指定処分を行つた。

右仮換地の指定処分により、従前の土地所有者は同地の使用収益をなし得なくなり、従前の土地上に存在する建物等を指定を受けた仮換地上に移転する必要を生じた。そこで区画整理事業の施行者たる被申立人において右移転措置を講ずるため、土地区画整理法第七七条の規定に基づき昭和三九年四月三日付をもつて建物所有者たる右申立人ら二名に対し、相当の期限を定め、期限後は施行者において移転する旨を通知し、右通知と同時に右期限まで所有者自ら移転する意思の有無についての照会を行つた。

二、次に申立人福地屋所有の第三建物(建坪五一、二三坪)は無許可建築物であるから、被申立人は右福地屋に対し、土地区画整理事業施行の必要上土地区画整理法第七六条の規定に基づき聴聞の手続を経たうえ、昭和三九年四月一五日付で右違反建築物たる第三建物の移転を命じたものである。

三、申立人らは前記許可建築物と無許可建築物とが一体をなし一箇不可分であるのに、これを第一ないし第三の建物に三分してなされた本件移転命令は無効であると主張するが、右許可建築物と無許可建築物とは判然区別され特定できるのであるから申立人らの主張は理由がない。

以上のとおりであるが、申立人らが右建物を移転しないことには福江市における火災復興の土地区画整理事業の円滑な施行に支障を来すことになるから、右事業促進の緊急性からしても、申立人らは速かに移転通知並びに移転命令に従い、指定にかかる仮換地上に右建物を移転すべきである。尤も第三建物中の一部(別紙図面符号<3>と記載のうち赤線部分)と第二建物敷地は右仮換地に指定された区域内にあり、第二建物については強制移転の必要はないと述べた。

よつて本件申立の当否を考える。申立人が、当裁判所に対し昭和三九年五月二〇日同年(行ウ)第六号事件として建物移転命令の無効確認請求の訴を提起した事実は当裁判所に顕著な事実であり、昭和三七年九月二六日の福江市の大火の結果申立人主張の如く区画整理が施行されて申立人にその主張の如く仮換地の指定がなされたこと、申立人ら主張のような申立人福地新一、同正登に対し建物移転通知を、申立人福地屋に対し建物移転命令を発した事実は当事者間に争いがなく、当裁判所は右移転通知は移転命令と同じく行政事件訴訟法第三条にいう行政庁の処分と解する。

申立人らは、右移転通知並びに移転命令は、いずれも移転すべき建物部分が明らかでなく、また本件建物は一箇にして申立人福地屋の単独所有にかかわらず、右建物を第一ないし第三の建物に三分し、各部分の所有者を申立人らとして発したもので、右通知及び命令の相手方についても誤りがあるから無効であると主張するのであるが、疎甲第一、第四、第五号証、疎乙第一、第二、第三号証によると、申立人福地新一に対する右移転通知書に記載の福江市福江町六八〇番の二、同番の三所在三井ハウスM八一A型軽量型鋼平家建三〇、二八坪(第一建物)が、別紙図面に符合<1>と記載した建物部分に当り、その所有者は右福地新一であること、申立人福地正登に対する右移転通知書に記載の右同市同町六八〇番の二所在木造瓦葺平家建八、五坪(第二建物)が、別紙図面に符合<2>と記載した建物部分に当り、その所有者は右福地正登であること、申立人福地屋に対する右移転命令書に記載の右同市同町六八〇番の二、同番の三木造瓦葺平家建五一、二三坪(第三建物)が、別紙図面に符合<1>と各記載した建物部分にして、前記申立人ら主張の各無許可建築物(第一建物東側に接続の木造スレート葺平家建二〇坪、第一建物西側に接続の木造トタン葺平家建一〇、五坪、第一建物南側に接続の木造瓦葺平家建一六坪及び木造トタン葺平家建四坪)に当ること、右第一ないし第三の各建物は、互に接続の状態で建築されてはいるが、各建物相互間に柱など共通にしたものではなくして全く別個の柱を使用して建築されており、構造上各建物相互の区分は可能であること、且つ第一建物は店舖兼事務所、第二建物は住宅、第三建物は倉庫としてそれぞれ使用されており、右使途においても差違があることなど、もつて第一ないし第三建物はいずれも社会観念上別個の建物であり、第一建物の所有者は申立人福地新一、第二建物の所有者は同福地正登であることが疎明でき、なお第三建物の所有者が申立人福地屋であることには、当事者間に争いがない。右のとおりで右移転通知並びに移転命令に前掲申立人ら主張のような瑕疵があるとは言い得ない。

しかしながら疎乙第一号証によると申立人福地屋所有の第三建物の一部である別紙図面に符合<5>と記載のうち赤斜線部分(以下建物部分と称する)は、被申立人が申立人福地新一に指定した仮換地上に存在することが疎明でき、また右建物部分の敷地は福地屋が福地新一から借用し正当に使用していることが窺えるから、右建物部分については被申立人の土地区画整理事業上何ら支障がない(少くとも支障があることの疎明はない)ものというべきである。従つて被申立人が土地区画整理法第七六条の規定に基づいて右福地屋に対し、第三建物全部の移転命令を発したのは、右建物部分に限り違法ということができる。

次に前掲疎乙第一号証によると申立人福地正登所有の第二建物も右仮換地上に存在することが疎明されるのであるが、右のとおり右仮換地は申立人福地新一に対して指定されたもので、土地区画整理事業の施行者たる被申立人として右整理事業の一環として右福地新一のため右仮換地上に存在する他の者の建物等を移転除却せしめる義務があるから、その意味において被申立人が福地正登に対し同人所有の第二建物の移転通知を発した点は適法である。しかしながら右のような被申立人の措置も、結局は仮換地の指定を受けた福地新一のために、同人の仮換地上に対する従前の土地と同様の使用収益を可能ならしめるためのものであるから、福地新一において福地正登に対する第二建物敷地の使用を許容するにおいては、被申立人は右第二建物を移転せしむる土地区画整理事業上の義務もまたその必要性もないものというべきであつて、従つてかかる場合には右第二建物に対し土地区画整理法第七七条の適用をすべきではない。ところで右福地新一と福地正登とは親子の関係にあつて、前記のように福地新一所有の第一建物と正登所有の第二建物は第三建物と共に接続して建築されていること、第一ないし第三建物は綜合的には右新一が代表者である有限会社福地屋商店の営業に供せられている関係にあることなどから推認して、福地正登所有の右第二建物の敷地使用は、右福地新一の許容するところと考えられる。

してみれば、右第二建物についての移転通知及び第三建物の右部分についての移転命令は違法との疎明が得られる。ところで本件の本案訴訟は右通知、命令の無効確認を求める訴であるところ、その趣旨とするところは右通知命令等に違法の点があるとしてこれが適法性及び執行力を争うものであり右訴は法定の出訴期間内に提起せられたものであり、且つ特に無効確認の請求に限定する内容を包含しないから右命令等の取消請求と解せられる。しかるとき右命令等は本案裁判の結果取消される可能性ありと一応認められるところ、右命令等が執行されると申立人福地正登及び同有限会社福地屋商店はことの性質上回復困難な損害を蒙るおそれがあると認められるので、右第二建物と第三建物中の右建物部分については、移転通知、同命令に基づく執行を排除すべきである。よつて本件申立中右限度において執行停止をすべきを相当と認め、その余の申立は失当として棄却することとし、もつて主文のとおり決定する。

(裁判官 亀川清 福間佐昭 萩尾孝至)

(別紙)

目録

第一、福江市福江町六八〇番の二、同番の三所在

三井ハウスM八一A型軽量型鋼平家建

建坪 三〇、二八坪

第二、同市同町六八〇番の二所在

木造瓦葺平家建

建坪   八、五坪

第三、同市同町六八〇番の二、同番の三所在

木造瓦葺平家建

建坪 五一、二八坪

(別紙図面)<省略>

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